秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ
秋の田のかたわらに建てた仮小屋は、屋根に葺いた苫の目が粗い。だから私の袖は、夜どおし露に濡れていく。
17 首
秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ
秋の田のかたわらに建てた仮小屋は、屋根に葺いた苫の目が粗い。だから私の袖は、夜どおし露に濡れていく。
春過ぎて夏来にけらし白妙の 衣ほすてふ天の香具山
春が過ぎて、もう夏が来たらしい。真っ白な衣を干すという天の香具山に、その白が見えている。
あしびきの山鳥の尾のしだり尾の ながながし夜をひとりかも寝む
山鳥の垂れ下がった尾のように長い長い夜を、私はひとりで寝るのだろうか。
田子の浦にうち出でてみれば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ
田子の浦に出て見わたすと、富士の高い嶺に、真っ白な雪が今も降り続いている。
奥山に紅葉踏みわけ鳴く鹿の 声きく時ぞ秋は悲しき
山の奥で、紅葉を踏み分けて鳴く鹿の声を聞く。そのときこそ、秋は悲しい。
天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出でし月かも
大空をはるかに見わたせば月が出ている。あれは故郷の春日、三笠の山に出ていたあの月なのだろうか。
花の色はうつりにけりないたづらに わが身世にふるながめせしまに
桜の色はもう褪せてしまった。長雨がふるあいだ、私もむなしく物思いにふけって年をとった。
天つ風雲の通ひ路吹きとぢよ をとめの姿しばしとどめむ
空を吹く風よ、雲の中の通り道を吹き閉ざしてくれ。天へ帰る乙女の姿を、もう少しここに留めておきたい。
ちはやぶる神代も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは
神々の時代にも聞いたことがない。竜田川の水を、紅葉が唐紅に括り染めにするとは。
ひさかたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ
日の光がこんなにも穏やかな春の日に、どうして桜だけは落ち着かず散っていくのだろう。
人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香ににほひける
人の心はどうだか分からない。けれど昔なじみのこの里では、梅の花が昔のままの香りで咲いている。
めぐりあひて見しやそれともわかぬまに 雲がくれにし夜半の月かな
久しぶりに会えたのに、それがあの人だと見定めるまもなく帰ってしまった。雲に隠れた夜半の月のように。
夜をこめて鳥のそらねははかるとも よに逢坂の関はゆるさじ
夜のうちに鶏の鳴きまねでだまそうとしても、この逢坂の関は決して通しません。
瀬をはやみ岩にせかるる滝川の われても末に逢はむとぞ思ふ
流れが速く、岩にせき止められた急流は二つに割れる。それでも先で合わさるように、別れてもまた逢おうと思う。
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば 忍ぶることの弱りもぞする
わが命よ、絶えるなら絶えてしまえ。生きながらえていては、この恋を隠しとおす力が弱ってしまうから。
来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに 焼くや藻塩の身もこがれつつ
来ない人を待つ——松帆の浦の夕凪に焼かれる藻塩のように、わが身も焦がれ続けている。
ももしきや古き軒端のしのぶにも なほあまりある昔なりけり
宮中の古びた軒端に生えたしのぶ草。それを見てもなお偲びきれないほど、昔は遠い。