わびぬれば今はた同じ難波なる みをつくしても逢はむとぞ思ふ
現代語訳
思いつめてしまった今は、どうなっても同じこと。難波の澪標ではないが、身を尽くしてでも逢いたいと思う。
語釈
- わびぬれば
- 思い悩んでしまったので。
- 今はた同じ
- 今となっては同じことだ。
- みをつくし
- 難波の澪標と、「身を尽くし」を掛けている。澪標は船に水路を示すための杭。
背景と読みどころ
噂が立ってしまった後の歌とされる。もう隠しようがない、それならいっそ身を滅ぼしてでも逢いたい、という開き直りである。
「みをつくし」の掛詞が、難波という土地と「身を尽くす」覚悟とを、一語で結びつけている。
『後撰和歌集』の恋の部に、宇多院の妃との仲が世に知られてしまった後の歌として載る。
作者
元良親王(八九〇〜九四三)。陽成院の皇子。恋にまつわる逸話が多く伝えられている。