わが庵は都のたつみしかぞ住む 世をうぢ山と人はいふなり
現代語訳
私の庵は都の東南にあって、こうして心静かに住んでいる。それを、世をつらく思って宇治山に隠れたのだと人は言うらしい。
語釈
- たつみ
- 東南の方角。十二支の辰と巳のあいだにあたる。
- しかぞ住む
- このように住んでいる。「しか」は「そのように」。
- 世をうぢ山
- 「世を憂し」と「宇治山」を掛けている。
- なり
- 「〜だそうだ」。人から聞いた話であることを示す。
背景と読みどころ
前半で「都の東南に、こうして住んでいる」と穏やかに言い、後半で「世をつらく思って隠れたのだと人は言うらしい」と受ける。自分の暮らしと世間の見方のずれを、静かに並べただけの歌である。
「うぢ」に「憂し」と「宇治」が掛かっているが、それを言い立てる調子はない。
『古今和歌集』の仮名序で、紀貫之はこの歌人を「言葉かすかにして、はじめ終りたしかならず」と評している。言葉がぼんやりしていて、始めと終わりがはっきりしない、という意味である。
作者
喜撰法師。九世紀の僧。六歌仙の一人に数えられるが、確かな伝記は残っておらず、この人の作と認められる歌もごくわずかしかない。