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わがいほみやこのたつみしかぞ をうぢやまひとはいふなり

喜撰法師きせんほうし  008

現代語訳

私の庵は都の東南にあって、こうして心静かに住んでいる。それを、世をつらく思って宇治山に隠れたのだと人は言うらしい。

語釈

たつみ
東南の方角。十二支の辰と巳のあいだにあたる。
しかぞ住む
このように住んでいる。「しか」は「そのように」。
世をうぢ山
「世を憂し」と「宇治山」を掛けている。
なり
「〜だそうだ」。人から聞いた話であることを示す。

背景と読みどころ

前半で「都の東南に、こうして住んでいる」と穏やかに言い、後半で「世をつらく思って隠れたのだと人は言うらしい」と受ける。自分の暮らしと世間の見方のずれを、静かに並べただけの歌である。

「うぢ」に「憂し」と「宇治」が掛かっているが、それを言い立てる調子はない。

『古今和歌集』の仮名序で、紀貫之はこの歌人を「言葉かすかにして、はじめ終りたしかならず」と評している。言葉がぼんやりしていて、始めと終わりがはっきりしない、という意味である。

作者

喜撰法師。九世紀の僧。六歌仙の一人に数えられるが、確かな伝記は残っておらず、この人の作と認められる歌もごくわずかしかない。