サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』と青空文庫
久々にサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』を読んだのですが、相変わらず胸に沁みる名作でした。
あの作品は「青春小説」と銘打たれていますが、むしろ大人になってからのほうが深く沁みるのではないかという気がします。
無垢とインチキ、理想と現実のはざまで引き裂かれる葛藤。
実際、作者のサリンジャーが『ライ麦畑でつかまえて』を書いたのも30歳くらいの頃なので、同年代(30代前半)に共感性が高いというのはあるのかもしれません。
さて、そんな『ライ麦畑でつかまえて』では、有名な翻訳として、50年近く前に出版された野崎孝翻訳で、この「ライ麦」という言葉が印象的な『ライ麦畑でつかまえて』と、2003年に出版された村上春樹翻訳で原題どおりの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の二冊があります。
なぜかどちらの翻訳も白水社で、白水社以外から『ライ麦畑でつかまえて』は出版されていません。
どうやら最初の契約の際、この作品は白水社以外から出版しない、といった契約になっていたようです。
野崎訳と村上春樹訳、これは結構好みが分かれ、野崎訳は長年「ライ麦」と言えば「これ」という代表的な翻訳だったので、この作品のホールデンの語り口のドライブ感が、ホールデンらしさ、ライ麦らしさとして浸透しているのではないでしょうか。
一方の村上春樹訳は、だいぶ「村上春樹」的な雰囲気に仕上がっています。
僕自身はどちらも好きですが、村上春樹的な文体が苦手だったり、物語として入り込みたい人や、最初の一冊としては野崎訳のほうがおすすめかもしれません。
ところで、『ライ麦畑でつかまえて』は、1951年にアメリカで出版され、もう立派な古典です。
古典ということで、著作権切れの文学作品を中心に掲載し、誰でも無料で読めるサービス「青空文庫」のラインナップに、この『ライ麦畑でつかまえて』は入っていないのでしょうか。
残念ながら、(そもそも青空文庫には海外作品があまり掲載されていませんが)サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』は、青空文庫のラインナップにはありません。
理由は、「サリンジャーの著作権が切れていない」からです。
著作権は、作者の死後50年(今は法律が変わって死後70年)が経過すると切れるという仕組みになっています。
イメージでは、古典なのでサリンジャーも昔の小説家のように錯覚しますが、実はサリンジャーが亡くなったのは2010年、91歳のときのこと。割と最近の作家で、結構な長生きをしています。
なぜ昔の作家と錯覚しがちかと言うと、サリンジャーが、1965年を最後に一切表舞台から消え、小さな町で隠れるように暮らし、以降、作品を公表しなかったというのが大きな理由でしょう。
この辺りのことは、サリンジャーの伝記映画『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』で詳しく描かれているので、『ライ麦畑でつかまえて』を読んだあとは、もしよかったら映画のほうも観てみるとよいかもしれません。
というわけで、サリンジャーの作品が青空文庫に並ぶとしても、死後70年になります。
翻訳の著作権は翻訳家も関わってくるでしょうが、野崎孝さんが亡くなったのは1995年なので、いずれにせよ『ライ麦畑でつかまえて』の青空文庫入りは、本家のサリンジャーの著作権が切れる「2080年」ということになるでしょう。
以下は、初心者でも分かりやすい、著作権に関するおすすめの書籍です。
デザイナーや写真家、ブロガーなど、フリーランスを始めるのによいでしょう。